BOSHIN航海日誌 News & Topics
いしぶみの背中11
シリーズ いしぶみの背中
<発祥の地を訪ねて>
第11回 君が代発祥の地
日本最初の洋式公園山手公園の尾根続き、名門女子校横浜雙葉学園の向かい山、本牧山妙香寺の境内に「国歌君が代発祥の地」の石碑が建立されています。
本牧山妙香寺は弘仁甲午年(814年)の創立、本牧山東海寺と称して薬師如来を本尊としてまつられていたそうです。文永元年甲子年(1264年)宗を転じ漣昌山妙香寺と改めました。
寛文十二年(1672年)には山号を本牧山と改称しました。千二百余年の歴史と広大な境内地を持つ横浜を代表するお寺です。
「国歌君が代発祥の地」の碑面には「県下名勝史跡四十五佳撰当選記念」と「横浜貿易新報社」、裏面には「昭和十年十月 原町田 湯上石材店」と刻まれています。
国歌君が代は明治3年9月8日、越中島で行われた展覧調練の時にはじめて演奏されました。
それより先の明治2年の秋、英国陸軍軍楽長ジョン・ウィリアム・フェントン氏によって作曲されたものです。
これとは別に禁裏御警衛のため徴兵された薩摩の軍学生が妙香寺に寄宿して毎夜フェントンから教えを受け、その際に国歌の必要性を説かれたことがきっかけとなって国歌君が代をフェントンに送り作曲を依頼し完成したものです。
その後国歌作曲改訂を経て明治21年に完成したのがエッケルト編曲の吹奏楽曲、今日の君が代となっています。

日本吹奏楽発祥の地 記念碑
【碑文】
明治2年(1869年)10月、薩摩藩の青年藩士30余名が当妙香寺に合宿し、 英国陸軍第10連隊第1大隊所属 軍楽隊の指導者ジョン・ウィリアム・フェントン(John William Fenton)から吹奏楽を学んだ。
これが日本人による 吹奏楽団創立の序であり、吹奏楽活動の緒となった。
発祥から120年目にあたるこの年、日本吹奏楽が悠久に発展することを祈念し、 ここに、吹奏楽界同士に諮りこれを建立、謹んで日蓮宗本牧山妙香寺に献呈するものである。
平成元年(1989年)9月8日建立
日本吹奏楽発祥の地記念碑建立発起人会
代表 春日 學

君が代発祥の建碑 妙香寺で盛大に
資料提供 妙香寺 昭和11年5月27日新聞

資料提供 妙香寺 昭和10年8月11日 横浜貿易新報

記念碑が仲良く並んでいます

お寺の入り口には「国歌君が代由緒地」の碑

階段を上り山門をくぐると広い境内が現れます

紅白の梅の香りが本堂へと導いてくれます
本稿の取材及び写真は本牧山妙香寺様ご協力のもと、すべて現地取材にて作成しております。